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デジタル時代の中心にオープンを

2015年6月21日 in Featured, News

(訳注:この記事は Open Knowledge ブログ記事の日本語訳です)

Rufus Pollockです。

私は2004年にオープンナレッジと呼ばれる非営利組織を立ち上げました。

私たちが自身に課したミッションは、すべての公益情報をオープンにし、変化を駆動するための洞察を生み出すために使われるのを見ることでした。

どんな種類の公益情報でしょうか?要するに、そのすべてです。政府が私たちの税金をどのように使うか、あるいはどれほど素早く天候変化が発生しているか、といった大きな問題から、例えば、次のバスがいつ到着するかとか、下町のコーヒーショップの正確なアドレス、といったシンプルな毎日のことまで。

この10年間、私たちはオープンデータおよびオープンナレッジ運動のパイオニアとリーダーとして活動してきました。私たちは、2005年に、オープンデータのオリジナルの定義を書き、何千ものデータセットの鍵を外すことを手伝いました。そして、私たちはCKANのようなツールを構築し、これは米国のdata.govや英国のdata.gov.ukのような多数のオープンデータポータルを稼働させています。私たちは、洞察と変化を駆動させるために情報をオープンにするために働いている30カ国以上のすべての個人と組織のネットワークを形成しました。

しかし、本日私がここにいるのはオープンナレッジとその活動について詳しく話をするためではありません。

そうではなく、一歩翻って、より大きな絵図について話したいと思います。すべての光り輝くものがビットの並びであるデジタル時代について、そしてなぜオープンネスをその中心に置く必要があるのか、みなさんに話したいのです。

グーテンベルクとティンダル

そのためにまず、物語から始めます。それは真実の物語でちょっと前 – 500年ほど前の話です。2人の人物に関係しています。一人目はヨハネス・グーテンベルクです。1450年に、グーテンベルクが発明したのが印刷機です。現代のインターネットのように、それは革命的なものでした。印刷機が発明される前には、全ヨーロッパでちょうど30,000冊の本があったと見積もられています。それが50年後には1000万冊以上となりました。革命的な出来事であり、その動きは15世紀のペースでしたが、年単位ではなく、10年単位のペースでした。次の500年の間、グーテンベルクの発明によって、知識を共有し、近代的な世界を作り上げるための私たちの能力が変革されてきました。

二人目はウィリアム・ティンダルです。彼はイギリスで1494年頃に生まれ、グーテンベルクの発明の世界で成長しました。ティンダルは当時の学者の古典的な経歴に従って聖職者の職に就きました。1510年代に、彼がまだ若かった頃、宗教改革はまだ起きておらず、法王はヨーロッパ全域の統合された教会の最高統治者でした。教会、そしてローマ教皇の位はバイブルのラテン語からの翻訳を禁じることで知識による権力を保護したので、その公式な聖職者だけがそれを理解し解釈することができました。

ティンダルは独立の精神を持っていました。彼がとある地域の聖職者との論争に巻き込まれた物語があります。
聖職者は彼に話しました:

「我々は法王の法よりも、神の法とともにあらざる方が良い。」

ティンダルは答えました:

「もし神が私を長く生かしてくださるならば、私は鋤を引く少年があなたよりも聖書のことを知るようにするであろう!」

ティンダルが言おうとしたのは聖書をみんなにオープンにしよう、ということです。

ティンダルは彼の約束を実行しました。迫害を避けるために国外に逃亡し、1524~1527年に、彼は商船の樽に隠されてイングランドへ密輸入された聖書の最初の印刷された英訳を生産しました。禁止され焚書の対象となったにもかかわらず、彼の翻訳は急速に広がりました。そして、普通の人々が聖書に触れられるようにして、イギリスの宗教改革の種をまきました。

しかし、ティンダルは生きてそれを目にすることはありませんでした。知識の解放を目指して隠れている時に、彼は裏切りにより1534年に捕らえられました。彼は1536年10月6日にその活動の異端性について有罪宣告され、現在のブリュッセルのすぐ北のVilvoorden 城で絞殺されたのちに、刑務所の庭で火刑に処せられました。彼は40歳を少し過ぎたばかりでした。

インターネット

さあ、時間を早送りして今日に戻ります、実際はちょうど今日ではなく1990年代後半です。

私は大学に行き、インターネットを発見します。

それはまさに、私に衝撃を与えました:ワーオ!私は、日がなネットサーフィンに明け暮れたことを憶えています。私はいつでも情報ジャンキーであり、この信じられない、果てしなく続く情報の遊園地を見つけたような気がしました 。

そして、私は情報化時代への転換という、特別な瞬間に成長しようとしていることに気づきました。私たちは、作成し、利用する主なものすなわち情報が、地球上の誰とも即座に、自由に共有できる、この不思議な世界に住むことになるでしょう。

しかし、なぜオープンネスなのでしょうか

OK、インターネットは確かにすごい …

聞いたことがないことに賭けなさい!

しかし…?これは大きな「しかし」です。

インターネットは私の宗教ではありません。

インターネット、そしてデジタルのテクノロジーは十分ではありません。

私自身はほとんど宗教というものを信じていませんが、仮にこのデジタル時代に何かを信じるならば、それはオープンネスです。

これはテクノロジーについての話ではありません。もし私たちが本当に力を発揮し、本当に変化し、本当に不公平と不正に本当に挑むならば、デジタル時代の中心のオープンネスを置くことがいかに不可欠か、ということについての話です。

これは私にティンダルとグーテンベルクを思い出させます。

再びティンダルの話

なぜなら、お分かりのように、私にインスピレーションを与えた人はグーテンベルクではなかったからです。それはティンダルでした。

グーテンベルクは、変革の土台となるテクノロジーを作成しました。しかし印刷機はより多くのラテン語の聖書を刷り上げるのにうまく使えたことでしょう。そして地方の聖職者が日曜日ごとに神の言葉をそれらの会衆に話すことを担当するのを容易にしただけであったでしょう。根本的に同様なことが多くあったことでしょう。

ティンダルは、何かしら違うことをしました。権力者にとって大きな脅威となる何か。そのために彼は処刑されました。

彼は何をしたのでしょうか?彼は聖書を英語に翻訳したのです。

もちろん、彼には印刷機が必要でした。筆記者や勤勉な木版工が手でコピーする世界においては、聖書が英語で書かれているか否かはコピーを入手できる人はごくわずかだったので、さほど大きな違いはなかったでしょう。

しかし、印刷機はまさにその手段だったのです:聖書を実際オープンにした、日常的な言語に翻訳したのがティンダルの業績でした。そして彼は普通の人々に力を与え、開放するという明確な目的でこれを行いました – 彼らに、自分自身で理解し、考え、決定する機会を与えることによって。これは自由としてのオープンナレッジであり、体系的な変革としてのオープンナレッジでした。

さて、私は信心深いというわけではありませんが、私が知識をオープンにすることについて話す時には、よく似た立場です:私は、誰でも自分のためにあらゆる目的のためにその知識にアクセスし、その上に構築し、共有して欲しいのです。私は、誰もが知識を利用し、作成し、共有する力と自由をもって欲しいのです。

16世紀の知識の力は聖書をコントロールしていました。今日、私たちのデータ駆動の世界において、それははるかに広大です:それは地図から薬まで、ソネットから統計まで、あらゆるものについてのものです。あらゆる不可欠の情報をオープンにし、洞察と知識をともに作るということに関するものです。

これは単なる夢ではありません。その意味についての示唆に富む具体的な例があります。この場では2つだけ取り上げます:薬と地図です。

例:薬

毎日、世界中の数百万人の人々が、数十億の錠剤や薬を服用しています。

その薬が実際効いているかどうか、そしてどんな副作用があるかどうか、といったことは研究者、医師、患者、監督官、もっといえばたいてい誰にとっても明らかに不可欠の情報です。

私たちには、薬の有効性を評価するための優れたやり方があります:薬がその次善の選択肢と比較されるランダム化されたコントロールの試験。

従って、私たちに必要なものはすべてのそれらの試験に関するデータです(おそらく個人情報を除いたもの – 個人を識別し得るいかなる情報も削除される)。インターネット時代にあっては、これが簡単な問題だろうと思われるでしょう – 単にオープンに利用可能なあらゆるデータとおそらくそれを検索する何らかの方法があればよいと。

それは間違いです。

多くの研究〈特にネガティブなもの〉は決して公開されません – 研究の大部分は、公開されるものをコントロールする制限付の契約を使用する産業の出資を受けています。薬剤の会社に、その実施する臨床試験の報告が義務付けられている場合でさえ、監督官はしばしば情報を秘密にしておいたり、あるいはページごとに手動スキャンしてコンピュータが読めない8,000ページものPDFとして公開したりします。

私が冗談を言っていると思うなら、Ben Goldacre のBad Pharma(悪徳製薬会社)からの引用で1つの例を手短にご紹介しましょう。2007年にヨーロッパの研究者はrimonabant と呼ばれる肥満防止薬に関する証拠を検証しようとしました。薬が承認された時、彼らはヨーロッパの規制者に、提出されたオリジナルの臨床試験情報へのアクセスを要求しました。3年の間、彼らは様々な理由によりアクセスを断られました。最初にアクセスを認められたときに彼らが得たものは、そうです、60ページの黒く塗りつぶされたPDFでした。

これがさほど深刻なことでなければ笑い話で済んだでしょう:2009年、最終的に研究者がデータにアクセスできるようになる直前に、rimonabant は重大な精神医学問題と自殺のリスクを増大させたために地球上の市場から回収されました。

この状況は変わる必要があります。

そして、何かが起こりつつあることをご紹介できて嬉しいです。Bad Pharma の著者Ben Goldacre と共同で、私たちはOpenTrials (オープンな試験)プロジェクトをちょうど始めたところです。これはあらゆる試験のあらゆるデータを集め、リンクし、オープンにして、研究者から監督官まで、医師から患者まで、誰でもアクセスしたり利用できるようにします。

例:地図

2番目の例は地図です。現代デジタルデータの「聖書」を捜すとすれば、あなたが地図、より詳細にはそのベースとなっている地理データを選ぶのももっともです。地理データはあらゆるところに存在します:あらゆるネットショッピングからネパールの最近の地震への支援まで。

あまりご存じないかもしれませんが、ほとんどの地図はクローズドで、プロプライエタリなものです。あなたは地図の背後にある生データを入手したり、自分で変更したり、応用したりすることはできません。

しかし2004年以来、OpenStreetMapと呼ばれるプロジェクトが、地球(あらゆる生の地理データ)の完全にオープンな地図を作成しています。データベースそのものにオープンにアクセスしたり再利用できるだけでなく、世界中の何百万人もの投稿者の共同作業で作られています。

これは何を意味しているでしょうか?1例です。そのオープンネスにより、どの橋が壊れてどの橋がまだ渡れるか、どの建物が壊れずに残っているかなどを知らせる、発災時の迅速な更新に最適です。例えば、今年4月にネパールを襲った大地震の際に、ボランティアは48時間以内に13,199マイルの道路、110,681件の建物を更新し、救助活動に重要な支援を行いました。

メディアではなくメッセージを

あらためて繰り返します:テクノロジーは目的論ではありません。メディアはメッセージではありません – 重要なのはメッセージです。

印刷機は、「オープン」なバイブルを可能にしましたが、それをオープンにしたのはティンダルでした。重要だったのはオープンネスでした。

デジタルのテクノロジーは、創造性、共有、そして自由のために未だかつてない可能性を与えてくれます。しかし、それらは必然ではなく可能性です。テクノロジーだけが唯一私たちの選択を決めるわけではありません。

かつて私たちはここにいたことがあるということを思い出してください:印刷機は革命的ではありましたが、私たちはその後も、しばしば少数の権力者により支配された印刷メディアによって終わりを迎えていました。

ラジオのことを考えてみてください。1910年代から1920年代に人々がそれについてどんな話をしていたかという記録を読むと、私たちが今日インターネットについて話していたものと同じように聞こえます。ラジオは人間のコミュニケーションと社会に革命をもたらそうとしていました。それは誰もが放送できる、ピアツーピアの世界を実現しようとし、新しい形の民主主義と政治を可能にしようとしていました。何が起きたでしょうか?私たちは、国家や少数の巨大企業によりコントロールされた一方通行のメディアを得ました。

今日、あたりを見回してください。

インターネットのコストがかからない情報伝達は、デジタル民主主義と情報の平等性を作成するのと同じくらい容易に情報の帝国や情報の泥棒貴族を作成することができます。

私たちはすでにこのテクノロジーが調査、監視、追跡のための未だかつてない機会を提供することを知っています。それは私たちに力を与えるのと同じくらい容易に私たちを搾取することができます。

もし私たちが本当に自由、エンパワーメント、および接続の可能性を実現しようとするならば、オープンネスをこの情報化時代の中心、そしてネットの中心に置く必要があります。

そして戦いはこの情報化時代の魂に関わるものであり、私たちは選択できるのです。

オープン対クローズドの選択。

協力対管理。

エンパワーメント対搾取。

長い道のりです。おそらく私たちの生涯よりも長いでしょう。しかし、私たちはともに歩むことができます。

この21世紀の知識革命において、ウィリアム・ティンダルが唯一の存在ではありません。大なり小なり、選択をするのは私たち全員です:政府や私企業のデータを入手することから、一緒になってオープンなデータベースやインフラを構築することまで、オープンに構築されたアプリを自分のスマートフォンに選んで入れることから、あなたのデータを取られるよりもむしろ自分で管理できるソーシャルネットワークを利用することまで。

オープンネスを選びましょう、自由を選びましょう、オープンネスをその中心に置いてこのデジタル時代の無限の可能性を選びましょう。

ありがとうございました。

原文(2015/6/5 Open Knowledge Foundation Blog 記事より):
Original post Putting Open at the Heart of the Digital Age / Rufus Pollock, licensed under CC BY 3.0.